もうすぐ、8月9日です。
長崎の原爆記念日。
原爆記念日という言葉は、私は、なんだかしっくりきません。
記念日って、なんだか、楽しいイメージが私には、あるので。
私は大人向け理科雑誌RikaTan:理科の探検
http://rikatan.com/index.html のお手伝いしている(以前)のですが、
その中で、読者の声のような「RikaTan広場」というところを担当しています。
8月号では、ちょっとだけ、私の気持ちを書かせていただきました。
小学校3年生のお子さんが、理科のことについて、キラキラした目で話して
くれるというコメントに、お返事というかたちです。
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子どものきらきらした目は、素敵ですね。
大切にしたいと思います。
私の母は、12歳の時長崎で原爆に会いました。
その母の孫である私の子どもたちが今、母と同じ年代になっています。
半世紀以上前のあの『熱い夏』を体験した子どもたちと、今の子どもたち。
取り巻く環境は、良くも悪くも変わりましたが、
子どもたちの、おもしろいもの・ふしぎなものを発見した時のキラキラ輝く目は同じですね。
そんな子どもたちの中に芽生えた『科学の芽』を、母として・教師として・研究者として、
立場は違っても、平穏な環境の中で育ててあげられるようにしたいなと、原爆記念日の黙とうのサイレンを聞きながら、いつも思っています。
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私は、実際に原爆を受けたわけではありません。
でも、母からいつも話は聞いていて・・・
そういう体験もないような方たちよりは、なにか、伝えることができるのではないだろうか?
と最近思うようになりました。
オバマ大統領の声明を受けて、イッセー三宅さんが、声をあげられました。
朝日新聞を読みますが、今年は、いつもより、原爆のことを取り上げられた記事が
ほんの少し、多く見られるように、感じます。
きょうは、私がひそかにあこがれている、平山郁夫さんの記事がありました。
昨年のこのころ、アンテナを高くして、何か伝えられるようになりたいと思っていました。
来年は、もう少し、伝えられるように、なっていたいなと思います。
もうすぐ、8月9日です・・・


久保さま
ぶんきょうのそばどころきたざわです。Rikatanの記事見てみました。
子どもたちの顔とともに、お母さんの顔と先生の顔も輝いていますね。
本当に喜ばしいことにおもえます。
私はひとはひとのために生きるのだと思います。ひとが喜ぶとき自分
も喜びを感じ、そして幸せをもらえる。
久保さんの発信しておられる記事はまさにそんな気がします。
ところで、JSTは今度新しいタイプのボランティア支援をはじめます。
これは器材費用を支援する代わりに謝金を払うことにし、その代わり
面倒な手続きが一切なくなります。乞うご期待!
北澤宏一
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きたざわ@ぶんきょうのそばどころさん。コメントありがとうございます。
RikaTanの記事:http://scienceportal.jp/contents/guide/rikatan/0905/090518.html
をご覧いただいたのですね。
ありがとうございます。
実験教室をやってみようかな?と思ってくださる方が、
少しでも増えるようになれば、幸いです。
(財)日本科学技術振興財団 JSTさんの支援は、謝金という項目
があるということがいいと思っていました。
初心者の方にも、安全面に配慮した教室ができるように、指導をしていただけると
いうことも、すぐれた支援だと思っています。
ただ、それが故に、JSTの方・事務局の方の負担は、大変なものだろうなと思っていました。
「面倒な手続きが一切なくなり」という言葉は、
支援される側にとっても、JSTの方・事務局の方にとっても、魅力だと思います。
多くの子ども・市民に利用され、有効に使われる支援になるようにお願いいたします。
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